こちらも昨年行ったものの記事にしていないものです。
吉野山の金峯山寺から、車で30分くらい。古代ロマンの地、奈良県明日香村。
お天気も良く、サイクリングで石舞台、亀石、酒船石などを回りたいところですが、車で飛鳥寺に直行。
古代豪族の蘇我馬子が発願し、推古天皇4年(596)に創建された日本最初のお寺とされています。
ここもすごく昔に一度来た事がありますが、記憶が薄いなぁ。
今は田園の中に佇む、のどかな雰囲気の伽藍ですが、かつては塔を中心にした壮大な大伽藍だった事が、発掘調査で判明しました。
門から境内へ。
鎌倉時代に伽藍の大半は焼失。現在の本堂は江戸時代に再建。
この本堂の中に、日本最古とされる飛鳥大仏がいらっしゃいます。
中に入ると、解説役の方が由来などをお話しして下さいました。
鎌倉時代に殆どが焼失したとき、「あー、もう仏像もダメだなこりゃ」と当時の方が諦めたところ、奇跡的に、ご本尊の飛鳥大仏は焼け残ったのだと。背後の光背は焼けてしまったのにスゴイ!となったのだそうです。
写真ご自由にどうぞ、との事でしたので、お言葉に甘えて。
ご本尊の飛鳥大仏。銅像で飛鳥時代(609年)に鞍作鳥(止利)仏師によって、当時の銅15トン、黄金30キログラムを用いて造られました。
大火災で全身罹災しましたが、顔の部分などには飛鳥時代の銅が残されているのだそうです。
右から見るとちょっときつく見えて…
左から見ると優しく見える、と言われているそうです。
飛鳥時代から残っているのがスゴイ!と素直に思いました。
日本最古の仏舎利。
右手に阿弥陀如来坐像。藤原時代の写実的表現。
聖徳太子孝養像。室町時代の作。太子16歳のお姿。父君である用明天皇の御病気回復を祈願されている姿だとか。齢16歳でなんと聡明で落ち着きを放っておられるのか…。私が16歳の頃なんて、Tシャツの襟を頭にかけて「ジャミラァァ」とか叫びながら友達と追いかけっこしたり、阿保全開でしたが。
思惟殿。
前方のお堂はお地蔵様かな。
左の案内版に、蘇我入鹿首塚との表示。行ってみます。お寺の塀の向こうへ。
すぐのところに、甘樫丘を背に、蘇我入鹿の首塚がありました。
山岸涼子先生の「日出処の天子」読者としては、これがあの入鹿の…と思ってしまいますね。
さて、境内に戻ります。
ちなみにこれは、御朱印帳を書いていただいている、その引き換え札。
明日香村は、村全域が歴史的風土保存の対象として、遺跡や景観が保全されており、昔来た時から大きな変化がなく私のような観光客は「変わらない景色だな」と安心する反面、規制のため人口が減少傾向なのだそうです。
どちらかを残そうとすると、どちらかが減っていく。考えさせられますね。