先週の終末、主人の発案プランで大阪方面へ。まずは「サニーサイド 枚方店」でモーニング。
ずらっと並んでいるパンは全部美味しそう。
迷った末に、厚切りサーモンフライとスナップエンドウのタルティーヌとじゃがバタチーズフランス。満腹。

四條畷(しじょうなわて)市、四条畷神社。
初参拝です。市街地から神社正面鳥居へと続く坂道がすごい。実に長い!
坂道が始まるあたりに鳥居があるので参道ですね。
市街地の平坦な場所にある神社を想像していたのでビックリしました。
そこそこの数の人が神社方面に向かって登っていました。飯盛山登山の方々かと思います。
我々は車なので、境内駐車場へ。
なかなか急峻な上り坂。車が横転するんじゃないかとちょっと不安になる角度でしたが大丈夫でした(笑)。しかし真冬の凍結シーズンは無理だな。

四條畷市内の道すがら、このキャラを見かけました。

それぞれスタイルが異なり、車窓から「 ディズニーの小人みたいなんがそこかしこにおる」 とつぶやいていました。
正確には『100にんのサンタクロース』 という四條畷市PRプロジェクトの一環とのことでした。
なかなかの石段。あの長い坂道の参道の後に、これを登るわけですね。我々は車なので残念ながら登っておりませんが。

招魂社。

天満宮。

雨天および曇天予報でしたが、この時間帯はまだスカッとした青空の晴天。境内の空気がより清々しい。

手水舎。

かわいい!青紅葉が爽やかでいい感じです。

鳥居は1990年(平成2年) に創建100周年記念として伊勢神宮から贈られたもの。


狛犬さんたち。


楠木正成・正行父子の「桜井の別れ」の像 。
ムーディーな音楽が流れていました。


主人が「へー、しらんかったなー」 と言いつつ説明を読んでいました。
主祭神は楠木正行公、他24柱。
創建は1890年(明治23年)。
建武中興十五社の一社。
南朝の将として戦い、四條畷の戦いで敗死した楠木正行公を主祭神としています。
住吉平田神社の神主である三牧文吾氏らが楠正行公殉死のこの地に神社の創建を願い出て、明治23年4月に御鎮座されました。
明治なので比較的新しい神社ですね。

本殿では正装の方々による御祈祷の真っ最中。
地元の四條畷市や大東市民の方々の間では「楠公さん」 といえば正行公や、こちらの四條畷神社を指すのだそうです。
1975年には「楠公」という町名まで誕生し、他にも周辺に楠公と付く地名が複数誕生しているそうで。
なかなかの正行公推しですね。父君の正成公もニンマリされているのではないでしょうか。
ここに来る途中、Googleマップを見ていると、確かに「 楠公」という地域がありました。すごいなー。
境内では居合の方々による試合が催行される模様。
この時はまだ準備中かな。

本殿向かって左側に御妣(みおや)神社。


主祭神は久子刀自命(正行公の母・久子)。

絵馬。

緑の向こうに市街地。

なにわ七幸めぐり。おぉ、行ったことがないお寺もあるし、巡ってみたくなる。

見事な楠。

その根元に楠公慰霊塔。


楠木正成公の供養塔。大阪府豊中市の山中で発見された古い塔で、 1991年(平成3年)に現在地に移されたのだとか。
青空に向かって堂々と立っていました。

七五三ぺこちゃん。

神社会館が展望所になっていました。

左の方、ポコッと高いビルがあべのハルカス。 右手方向が梅田の高層ビル群。

さらに六甲山脈も見えます。
なるほど、高い場所にあるのがよく分かります。

神社を後にし、長い坂道の参道を戻る感じで走りました。

参道の入り口である鳥居が見えてきました。歩いてくる場合は、向こうから鳥居をくぐり抜けてくることになります。

主人が「このあたりは山麓に神社が多い」と言っていました。確かにGoogleマップで見るといくつかあるようです。またその辺も回ってみたいものです。
