主人ネコ男氏主導です。
このところ週末はそんな感じなので、意外ですね。すぐに「もういいかな」とやめるんじゃないかなと思ってましたが。
今熊野商店街から山の方へ上がって行くと、緑深い泉涌寺道。今熊野観音寺は、泉涌寺の塔頭の一つで、途中、いくつかの立派な寺院を通り過ぎます。
人は多くなく、しかしお参りの方はぽつぽつとやってくる感じ。静かで美しい穴場な雰囲気。
途中、見かけた猫ちゃん。絶妙なバランスで木の上にいました。
平安時代825年頃、嵯峨天皇の勅願により弘法大師空海上人が開創。後白河法皇は、ここを新那智山と号し、今熊野観音寺と称されました。
鳥居橋を渡ります。
鳥居橋からの風景。青紅葉が美しい。
紅葉の時期には、さぞやさぞや、な参道。
おっ。ここにも駐車場がありました。10台くらいはとめられそう。
子護大師。
本堂。
本堂が建てられた場所は、空海上人が熊野権現と出逢った神聖な場所だそうです。
古い額などがいろいろ掲げられていますね。
ここは中に入ってお参りする事が出来ます。
ご本尊は空海上人が熊野権現から授かったとされる一寸八分の観音像を胎内仏として自ら彫刻されたとされる十一面観音菩薩。
秘仏とされてますが、代わりに同じお姿のお前立ち像が立たれていました。大きな像ではないので、細かなところまではわからないのですが、どちらかというと女性的な雰囲気で、衣のドレープ感が流麗な、シャラララーンという音が聞こえてきそうな優美な感じ。
頭痛、ぼけ封じに霊験あらたかだそうです。
枕宝布。宝布と書いて「カバー」と読ませるのがいい感じですね。
七福神おみくじや、風邪よけのお札など。
こちらには、千枚通し、という飲むお札があるそうです。1000枚の小さな和紙のお札を、毎日欠かさず飲むと願いを叶えて下さるとか。1000日飲み続けるってすごいですね。残念ながら現物は品切れ?で販売されてはいませんでした。
本堂から外を臨む。
ぼけ封じ観音。
こちらはぼけ封じ観音様の足元や横にある謎の小さなひとたち。子ども?老人?謎です。
鐘楼堂。
緑の苔が美しい一角に、二つのお宮がありました。
稲荷社。
熊野権現社。
きのこ発見。
こちらはお稲荷さんの石祠。
山肌に沿って、祠が並んでいます。
お不動さん。
金龍大弁財天。
竹林の上の方へも、祠がたくさんありました。
さて、今熊野観音寺を後にし、境内敷地の真横に御陵への道があったので、行ってみました。
参道には、黄色い蝶々が何羽もヒラヒラと舞い飛び、ずっと続く木々の緑と砂利道で、その静かさから思わず「あれ。我々、いつのまにか死んでて、あの世に向かってるとかじゃないよね?」と思ったほど。途中、ウォーキングの方が現れたのでホッとしました(笑)。
平坦な道から坂道を5分ほど登って行くと、御陵が姿を現しました。
孝明天皇、後月輪東山陵。英照皇太后、後月輪東北陵。
虫の鳴き声がリーンリーンと響いていて、我々以外には、地元の方がウォーキングで歩かれていたりする他は、あまりひと気はなく、とても静かな場所でした。
御陵から泉涌寺境内脇の道を歩いていると、大きな堂宇が見えるのですが、よーく見ると桜が咲いていました。
泉涌寺はまたの機会に。
さてさて、ここから車で約30分ほど走り、宇治方面へ。今熊野観音寺のあと、行けそうなら行こうと予定していた三十三所へ向かいます。
続く!