11月末日、それは突然やってきました。
炬燵の横に布団を敷き、グースカ眠っていると、深夜、名前を呼ばれてハッと目覚めました。
見ると、仕事終わりに飲みに行っていたらしき伯父である料理長が、炬燵の中に座っていました。
私はびっくりして飛び起き、布団の上に正座しました。伯父は顔が真っ赤で、相当飲んでいる様子。
「yukixよ！」
かなりテンション高め。うわぁ、酔っ払ってんのか…。
「わしゃあ、アイツに言うてやったんよ。で、殴ってやったんじゃあ！」
「えっと、部長(上司である伯父をこう呼んでいました)…な、殴る？」
「おうよ！わしと○○君(弟子の板さん)とオマエは、明日で辞めるぞ！心づもりしておけ。オマエは京都に戻れ、な！」
「えぇぇ？」
「よーし。わしゃ寝る。また明日の朝な」
と、伯父はバッと炬燵から立ち上がり、奥の自分の部屋へ入って行きました。
私は呆気にとられ、何がどうなったのか全く判らないまま、とりあえず横になり、いつのまにか眠ってしまいました。
朝、シラフに戻った伯父から話を聞くと、経営母体側となんじゃかんじゃと話がこじれ、その関係者と大喧嘩となり酒の席で一発殴ってやったんじゃ！という漫画みたいな展開になっていました。
この事は全く寝耳に水。
というわけで、ある日突然退職する事になりました。
実は私は11月頃から「京都に帰りたい」とホームシックが激化していました。泣きながら友人に電話したり、我ながらヘタレ全開ぶりを発揮していました。
なので、昨夜の出来事が夢ではなく、本当に京都に戻る事になったと知るや、私は飛びあがらんばかりに喜びました。決して職場の人や伯父には見せませんでしたが、「奇跡や！これは奇跡や！」と叫びながら紙吹雪を撒き散らし町内一周を走り回りたいくらい。
後釜の調理長はすでに決まっていたらしく、出勤し、伯父は私たちに指示を飛ばし、自分たちが作った仕込みの全てを破棄するように命じました。
5時間くらいかけて作った大量のゴボウのササガキや、ジャバラの胡瓜は勿論、味噌漬けにしておいた魚、板さんが仕込んでいた煮物、地下室で保存していた大量のタクアンまで。
とにかく、自分たちの痕跡を全て消し去る、という作業でした。
それは忘れもしない12月1日。因島には珍しく雪が降りました。瀬戸内の島にも雪は降るんや、と焼き台の掃除をしながら、窓の外を眺めた事を覚えています。
因島の家に帰宅し、伯父に、1週間ほど滞在してから京都に戻りますと伝えました。早く帰りたいとか思っていた割には、ゆっくりしているという…。
そう、因島はすごくいい島なのです。
数日後、送別会が行われる事となり、海沿いの大きな料理屋さんに行きました。
一ヶ月前くらいに、若くハンサムめの男性従業員が入社したので、宴席はその人を女性従業員が囲むような、ある種異様な熱気があり(笑)、それを見た元料理長である伯父が「フッ。見ぃ。えらい張り切っとるやないか」と弟子の板さんと微笑ましく？楽しそうに眺めていたのが印象的でした。
さて、大人たちはこれから二次会。未成年である私とアルバイトの女子高生は、先に二人でお暇することにしました。
海沿いの道を二人で歩いていると、彼女が「今夜、彗星が見えるらしいよ」と言いました。
私は夜空を見上げましたが、残念ながら何も見えず。
「彗星、見たことある？」「ない。yukixさん、私、高校卒業したら島を出て看護の学校に行くんじゃ。またいつかどこかで会えるとええな」
彼女とそんな話をしている傍ら、ずっと、静かな波の音が聞こえていました。
後日、私は土生港から高速ジェット船に乗って因島を後にしました。
それから2回ほど、尾道に行きましたが、もうここ10年はご無沙汰しています。
料理長こと伯父は既に故人となりました。
帰京して5年間くらいは、「京都に戻ったと思いきや、実はまだ在籍してて、午後には島に帰って仕事をせねばならない」という夢をしょっちゅう見ては、うなされてました。
しかし、調理とは全く関係のない、今の仕事でしんどい事があっても「いや。あの時と比べたら屁でもない」と思える事が、現在に至っても多くあります。
島で働きながら暮らすのは大変な事も沢山ありましたが、色々と学び、鍛えられていました。やはり因島にいた8ヶ月間は、私にとってかけがえのない記憶であり、財産となりました。
新型コロナウイルスが収束したら、是非、また訪れたいものです。海辺の街へ！
