yukixうろうろ日記

京都在住。関西を中心にうろうろしてます。

積善院准堤堂

さて、須賀神社のすぐお向かいに、積善院准堤堂(しゃくぜんいんじゅんていどう)がありました。
入ってみました!


境内には気配はなく、右手に木造の寺務所があり、お札や御朱印などを受け付けされている様子ですが、この時は表には誰もいなくて、私ひとりでした。

もと栴(なぎ)ノ坊と呼ばれていたそうです。
聖護院の一院家で、熊野神社の西北方にあったものの、大正時代にここにあった凖提堂と合併し、積善院凖提堂と呼ばれるようになったとのこと。

つくばいに一輪の白いお花が生けられていました。


本堂前にあるこの建物、座れるようにもなっていて、ほっこり出来そうでいいですね〜。並んだ白い提灯も空間に調和してて懐かしいような気持ちになります。

本堂には、寛政年間に勅命により聖護院宮盈仁親王の開眼になる凖提観世音菩薩と、鎌倉初期の木造不動明王像が安置されているそうです。

奥の方が暗く、残念ながら本堂の中は良くわからなかったのですが、観音様の写真が飾られていたので、それがご本尊のお姿なのかもしれません。

お庭には石の猫さんたち。


苔のベットで眠る陶器の猫さんも。


こちらのお堂の前には、五大力と書かれた幟が立てられていました。うーん??とお堂の中を覗きこみ、これはお不動さんかな?と思いお参りしましたが、いま写真を見ると、石灯籠に役行者寶前と彫られていますね。


境内の西北隅に、人喰い地蔵がお祀りされています。
最初に境内には入る前に読んだ由来書を読んだ時にギョッとしました。ご安心ください。このお地蔵様は決して人を喰ったりされません(^^)

元々、聖護院の森の西北(現京大病院あたり)にあった崇徳院(すとくいん)地蔵をお祀りしたもので、こちらがその詳しい由来となっています。


崇徳院上皇や、早良親王、今は学問の神様でもある菅原道真公も、かつては都に怪異をもたらすいわゆる祟り神として畏怖の対象でもあり、市内にも神社があります。
しかし、お地蔵さんにまで崇徳院上皇のお名前が付けられてたとは知らなかったな。当時の人々がいかに天変地異を恐れていたか、その片鱗を感じました。

個人的には、お地蔵様の足元にお供えされている桃のお酒がめっちゃ美味しそうやなと思いました(^^)