yukixうろうろ日記

京都在住。関西を中心にうろうろしてます。

尾道・倉敷ひとり旅 1 : 大三島の大山祇神社

16日から、尾道と倉敷へ。

深夜3時に起床し、4時に出立。
高速道路は、早朝なれどそこそこの車の量。ほとんどが物流のトラックでした。ドライバーさんお疲れ様です。
 
車内で夜明けを迎え、岡山県から広島県に入り、尾道から向島へ。橋の上から尾道水道と街並みが見えた瞬間、懐かしさと来れた嬉しさでちょっと涙ぐみました。
向島から因島への大橋を渡るとき、視界に瀬戸内の海と大浜の集落が見えて、この時はボルテージが上がって「イエーィ」と嬌声を挙げてました(^◇^;)
 
尾道から愛媛の今治を橋で繋ぐしまなみ海道が開通してから、車で走ったのは初めてです。
私が因島生口島に住んでいた頃は、まだ多々羅大橋の工事が始まった頃で、原付バイクで島の道を走りながら「なんかすごい橋作ってるな」と思ってました。
 
瀬戸の海を眺めながらの風光明媚なしまなみ海道を、自転車で走破するサイクリストの方々が多いのも納得の景色です。
しかしあれですね。私は車なので楽ちんですが、橋のあたりは坂道が多いので、自転車で登るのは大変だろうなコレは。
 
生口島から多々羅大橋を渡り、愛媛県大三島にある大山祇神社に到着しました。
因島に住んでいた頃は、特に神社仏閣巡りをしていなかったので「へー。なんか大きな神社があるのね」くらいの認識でした。近かったのにあの頃行っておけばよかった。

伊予国一宮。全国にある山祇神社大山祇神社)の総本社。
御祭神は大山祇神
創建は、推古天皇2年(594年)。古社!!
大山祇神社の鎮座する大三島は古くは「御島」と記されたように、神の島とされていました。
一の鳥居は、瀬戸内海に面して建てられています。
朝の8時半過ぎ。参拝者もパラパラとやって来ます。
 
鳥居を入った右手にある斎田。
無形民俗文化財である「一人相撲」が奉納されるところのようです。

この「一人相撲」、昔、みうらじゅん氏が日本の奇祭を巡る本で読んだ事があります。
力士が目に見えない稲の精霊と相撲で真剣勝負を取ります。精霊が勝つとその年は豊作になると言われています。力士さんは「そこに稲の精霊がいる」として四股を踏み、苦悶の表情で踏ん張ったりと相撲に取り組みます。一度は拝見したいなぁ。
 
総門。
2010年の総檜造り。1322年に焼失しましたが復元されました。いい感じの色になってますね〜。

遠目なので見えづらいのですが、総門の左右に白い随身像が納められています。金剛力士っぽいポーズだったり、大きな弓矢を携えています。随身といえば、平安時代検非違使っぽい衣装の御姿でスンとされている事が多いので、こちらのアクション具合は珍しいですね。
 
総門をくぐると、目の前に広い空間が広がります。

おお…。
空気が更に一変しますね。輝くばかりの清々しさ。
 
正面には御神木、乎千命御手植の楠。樹齢2600年あまり。息を止めて右回りに3周すると願いが叶うとか。

 
その向こうに、本殿エリアへと通じる神門が。

 
狛犬さんたち。

 
拝殿。室町時代の再建で、1602年に大修理されています。大修理されたのが400年以上前というのが既にすごい。

大山祇神社は、神武天皇東征に先駆けて、伊予二名島(四国)にわたった大山祇神子孫の小千命(おちのみこと)が、大三島に勧請したのだとか。
 
「山の神、海の神、戦いの神」として歴代朝廷や武将から深い畏敬を集めていたということもあり、源氏や平氏をはじめとする数多の武将が武具を奉納し、武運長久を祈っていました。
そのため、国宝や重要文化財の指定をうけた武具類の約に8割が、この大山祇神社にあるのだとか。
 
太平洋戦争の終戦直後には、GHQによる刀剣類の処分命令があったものの、神社側は密かに土中に秘匿したのだそうです。グッジョブ!と言いたい。
 
拝殿で参拝し、ひとまず境内の左側へ。
院内荒神社、稲荷神社などの境内社が並んでいます。

 
境内のあちこちで見かける注意書き。毒蛇は怖い。絶対中に入りません。

 
本殿の裏手に来ました。真ん中が本殿。宝殿とも呼ばれ、1378年の再建。両脇にあるのが上津社、下津社。

こちらの上津社、下津社にもお参りされている方が多かったです。
 
本殿裏手に相対する位置にある姫小邑(ひめこむら)神社。朝日を浴びて神々しかったです。木花開耶姫命大山積神の娘)とその御子神火々出見命火須勢理命)をお祀りしています。

 
境内は広く、さすがの総本社。沢山の摂社末社がありました。
 
また拝殿前に移動。何か用意されています。

この後ウロウロした後、また戻って来た時にちょうど9時から神職さんたちによる朝拝が始まりました。
その時にこちらのものを使われていました。他の参拝者の人たちと拝殿前で、3名の神職さんが奉じる祝詞を聞かせてもらいました。ところどころ複数で唱えられていたので、声が重なり合って美しかったです。
 
拝殿右側にある大山祇神社楠木群のひとつ。天然記念物。

境内には、多くの楠木の古木が残っています。
 
境内には、弥生時代からの祭祀遺跡があるとのことで、とにもかくにも、古代から存在したお社なのですね。
 
十七神社。

 
天然記念物、能因法師雨乞いの楠。
樹齢3000年、日本最古の楠とされています。

 
その奥にあるお社。神社の職員さんが綺麗に履き清めてらっしゃいました。

 
さて、そろそろおいとま。
…で、このあと、近くにある「生樹の御門」という、幹が空洞で、奥の院への門となっており、くぐると長寿のご利益があると云われている樹齢2000年または3000年の楠を見に行こうと思っていたことを、綺麗サッパリ忘れてしまいました。
あーあ。また次の機会に。
 
大山祇神社は、古代からの歴史が深く深く降り積もっているんだなと思いました。
生樹の御門もですが、一人相撲も是非拝見したいです。